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か なさんのブログ

2025年12月11日 (木) 5:41

《夢遊病の女》を観て感じたこと──ベルカントの美しさと、最近の演出・歌唱への違和感

昨日は《夢遊病の女》(https://www.shochiku.co.jp/met/program/6903/)を観に行ってきた。 久しぶりに座った舞台は、美しい瞬間もあったけれど、正直いろいろ考えさせられる公演だった。 歌手の身体の状態や演出のバランスが、そのまま舞台の印象に直結してしまうのを痛感した。 ⸻ 歌手について感じたこと シドニー・マンカソーラ(リーザ) 高音に入る前の「ハァッ!!」という胸式の吸気音が毎回はっきり聞こえてきて、集中が削がれた。 声自体は良いのに、支えが不安定で落ち着かない印象。 胸式でアタックを揃えるスタイルなら理解できるけど、今回は単に苦しそうに見えた。 ⸻ アレクサンダー・ヴィノグラドフ(ロドルフォ伯爵) 声がほとんど響かず、喉奥で押している感じ。抜ける響きがほぼゼロだった。 さらに、舞台上で実際にタバコを取り出し、火をつけて吸った直後に歌っていて、その声質はドス黒く荒れていた。 もっと柔らかく歌える人なのに、今日は別人のようだった。 ⸻ ネイディーンについて 今回、ネイディーンが観たくてこの公演を選んだので、正直少し期待外れだった。 ここ2年くらい、私の中で印象に残っていた歌手で、以前聞いたグノーの『ロミオとジュリエット』では、本当に素敵で鳥肌ものの歌唱を聴かせてくれたからだ。 今回は前半、声をセーブして体力を温存している印象が強く、難しいカデンツでフラフラする場面もあって、正直「あれ?」と思った。 声自体は成熟して素敵だけれど、やはり年齢に関係なく、基礎体力やスタミナを維持していないと、舞台上では力を出し切れないのだと改めて感じた。 終盤でのハイFロングトーンも、ベッリーニの意図したスタイルではなく、観客向けのサービス的な要素が強かった。 技術や表現力があっても、やはり体が支えてくれないと、力強く安定した歌唱は最後まで維持できない。 ⸻ 歌手の身体・スタミナ・精神力について 今回、全体を通して感じたのは、ソリストたちの体幹や筋力、スタミナの安定感がやや不足していること。 声は良くても、身体の支えが弱いと高音や長いフレーズで安定せず、舞台上での表現にも影響する。 ここから思ったのは、やはり歌手にとって体力こそ基本ということ。 才能やセンスはもちろん大切だけれど、その前にしっかりした体力・スタミナ、そして最後までやり切る精神力が土台として必要なのだ。 年齢を重ねても、基礎体力を維持していれば声は年齢に負けず輝くし、逆に体力をおろそかにすると、若くても舞台で力を出し切れない。 ネイディーンの今回のフラフラ感も、まさにこの土台の部分が影響していたのではないかと感じた。 ⸻ 演出について アミーナ&エルヴィーノの愛の2重唱(オケなしの部分) せっかく歌手が美しく歌っているのに、演出でおちゃらけた要素を入れると、舞台全体の雰囲気がかなりぶち壊しになる。 ベルカント自体にコント的演出は本来ほとんど存在しないし、作品の繊細な世界観を考えると、笑いや軽いギャグは基本的に合わない。 もちろん、現代演出では観客の関心を引くために挑戦することもあるが、本来のベルカントの美学とのバランスが難しい。 今回の演出も、好みが分かれる冒険的な試みだったと思う。 ⸻ 全体を通して感じたこと 歌手の身体の状態や演出のバランスがチグハグで、ベルカントの核心から外れてしまった印象の公演だった。 それでも作品そのものの美しさは残っていて、部分的には素晴らしい瞬間もあった。 ただ、舞台上での些細な不安定さや違和感が、そのまま見えてしまうのがもどかしかった。 追記:ラスト高音について Nessun dormaの終盤での高い音も、正直言えばほとんどファンサービスだと思う。 プッチーニの楽譜にはその高音は書かれておらず、観客向けに舞台の盛り上がりを作るための慣習として定着したもの。 こうした舞台上の“盛り上げ方”も、歌手の技術や演出とのバランスを考える上で、気になるポイントのひとつだった。 ⸻ まとめ 歌手の技術、身体の支え、スタミナ、精神力、指揮のテンポ感、舞台の空気――すべてが揃って初めて、ベルカントは生き生きとした舞台になる。 今回はそのどれかが揃わない瞬間が目立った。 ロドルフォ伯爵のタバコ直後の歌唱、ネイディーンのカデンツでの不安定さ、アミーナ&エルヴィーノの2重唱での演出の違和感、そしてNessun dormaのラスト高音のファンサービス的演出も含めて、舞台上の“生々しさ”が記憶に残った。 改めて感じたのは、まず体力とスタミナ、そして精神力が土台であり、その上に才能やセンスが乗るということ。 年齢を言い訳にせず、日頃の基礎作りを怠らないことが、舞台での歌唱を最後まで輝かせる鍵なのだと実感した。